なぜわたしたちは金を借りるのか?

一昔前とは違い、消費者金融や銀行からお金を借りることはすっかり一般的になりました。以前のように怖い、暗いイメージは無くなり、駅前にある契約機で契約を結ぶことができ、借り入れもATMで簡単に行うことができます。
そこには後ろめたい気持ちが介在することはありません。消費者金融の担当者はとても優しく、懇切丁寧に案内してくれることでしょう。
ですが、お金を借りるということは、もっと慎重な、うしろめたさを含んだもののはずです。お金を借りることには危険が伴っているはず。そこには葛藤や呪縛があってしかるべきなのです。
お金を借りることの目的は、もちろんお金を手に入れることですが、その目的を果たすには、もっと苦労や前準備が必要な事柄のはずです。その過程を無しにするから、ことの重みが感じづらいのではないでしょうか。


お金を借りることは、それだけの対価をともなう

簡単に融資を受けると、お金の重みが軽くなってしまいます。本来手に入るはずのない種類のお金ですから、その手に持っているお金の重要度はわかりづらいです。
本当は、その金額を手にするためにはそれに見合っただけの労働などの条件があるはずが、業者からお金を借りることによって簡単に手に入る。
昨日は無かったお金を、今は持っている。このことにはついつい軽い高揚感を覚えてしまいがちです。
ですが本来お金はそんなに簡単に手に入るものではないということを、もう一度思い出すべきです。
今あなたが持っているその借りたお金は、きちんと、結果に見合ったものでしょうか。あなたの、返済に費やすことになるかもしれない未来に見合ったものでしょうか。返済の負担も軽くはありません。


お金を手に入れたいという気持ち

お金は生きていく上でかかせないものです。食べるため、着るため、住むためにはお金が欠かせません。
ですがもちろん、それ以外にもお金が必要になります。娯楽、気晴らしなど、生きていく上で必要になるのは衣食住の要素だけではありません。
それらの要素を満たすためにお金を借りるのが必要だと思う方もいるでしょう。
生きるためには、世界に許されることが必要です。お金を持っていれば、それだけ生きていくことが許容される、認められるのです。だから、お金をたくさん持っている人は偉い身分に居るのでしょう。
お金が欲しいと言う人の中には世間に認められたいという思いの方もいるでしょう。お金はそれだけ、人に有無を言わせない力を持っているのです。